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"オレ"がうつになりまして。

発達障害(アスペルガー)に起因するうつ病で一年弱の休職を経て復職した"オレ"が、 日々の思いや感じることを、がんばらず、無理せず書いています。

萎縮せずに、開き直れた。

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こんにちは。

 

今日も体調、普通です。
ありふれた日常、普通の毎日って、どこか否定的に捉えられることもありますけど、でもそういう事が実は幸せだったりしますよね。

 

先日、温めていた企画を社長にプレゼンしました。
(プレゼン、っていうとかなり大げさに聞こえますが、「以前話していたこの企画なんですけど、まとめてみたんで、ご意見いただけますか?」と相談がてらだったというのが実情です・・・)

結果、いろいろと突っ込まれ、玉砕しました。(笑)
温めすぎていたためか(最初に話をしてから2か月以上経っていました・・・)、いろいろと忘れてしまっていて、社長の質問に対して的確な返答ができませんでした。

でも、そんなやり取りの中で気がついたんですが、休職する前のように萎縮していないんですよね。

社長の第一印象は「怖そうな人だなあ」でしたし、実際に話をしてみても「やっぱり怖い人だ」と、第一印象は変わりませんでした。(笑)

もちろん、怖いだけじゃなくて、人情的というか情に弱く、やさしさも持ちあわせている方なんですが、当時のオレは怖さばかりに気がいって、いつも萎縮していました。

で、先日のプレゼンで突っ込まれて返答ができない状況で、以前の自分なら間違いなく萎縮し、頭が真っ白になって言葉が出なくなって、そんな自分を「なんてダメなんだ・・・」と全否定していたところなんですが、今回は突っ込まれたことに対して「そういえば、何でだろ?」と、他人事のように、客観的に考えている自分がいましたし、「そんなこと言われても、わからんもんはわからん!」なんて、開き直っている自分がいました。

まあ、とはいえ萎縮はしているのですが、以前ほどじゃありませんでした。

 

「まいっか、なんとかなるさ。」

 

カウンセリングに通って、ずっとそう自分に刷り込んできて、いつのまにかオレの中の意識に"良い加減さ"が生まれてきたからなんだろうなあ。

 

恐怖と感情があることで、自分の限界まで(時には限界を超えて)がんばれるという面はあるものの、がんばりすぎて、自分を追い込んでしまうという面もあります。

社長への恐怖という感情が、自分の限界点を伸ばせてきたという一面はあるのだろうけど、同時に恐怖という感情によって、萎縮したり自分を追い込みすぎたという面もあったのだろう。

何事も多面的であって、一面だけをみて一喜一憂してはいけないだよなあ。

今は、恐怖という感情がすこしだけ弱くなって、自分の限界を超えてがんばるということができなくなってきたのかもしれないけど、でも自分を追い込み過ぎなくなってきているとも言えます。

 

以前の状態がいいのか、今の状態がいいのか、今はわかりませんし、それを判断しないようにしようと思います。
まあ、それがわかるのって死ぬ直前だろうし、万事塞翁が馬っていいますからね。

ただ、確かなのは、恐怖という感情に対して萎縮せず開き直れたということは、今の自分は以前より楽になれているという事だと思います。

 

今はがんばりすぎず、肩の力を抜いて、楽に生きたいと思っています。
この事がいいのか悪いのかは、今は考えてもわからないから。

読んでいただき、ありがとうございました。